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都市型酪農の理想形? 東京で牛と人と地域が共に生きる牧場へ

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祖父が1頭の乳牛で始めた酪農は、いつの間にか都市型酪農に

磯沼家は江戸時代から15代以上、東京都八王子市小比企に続く家系であり、麦、野菜・水稲など農業を行ってきた。現在の磯沼ミルクファームは、約2haの敷地で100頭以上の牛を飼育しているが、酪農の始まりは1952年のことである。

「祖父の洋三(ようぞう)が、たった1頭の乳牛を借りたことがきっかけでした」と語るのは、磯沼ミルクファームの三代目、磯沼杏(いそぬま・あんず)さん。戦後間もない当時は食糧難の時代。GHQによる食料改革が行われ、給食に脱脂粉乳が使われたり、乳製品の摂取が推奨されていた。そこで洋三さんは、牛の貸付事業を活用した。貸付事業とは、地方自治体等が乳用牝(めす)牛を貸付する当時の制度。生まれた子牛は返還せねばならないが、無償で母牛を譲渡された。「こうして手に入れた母牛から得た生乳を、祖父は市場に出していたそうです」(杏さん)

洋三さんが始めた酪農を引き継ぎ、大きな事業へと育てたのは、洋三さんの長男で磯沼さんの父である正徳(まさのり)さん。東京農業大学短期大学を卒業すると、洋三さんの元で就農した。

中央の女性が磯沼ミルクファームの三代目、磯沼杏さん。左が杏さんの父で二代目の正徳さん、右がご主人の修平さん、抱っこされているのは長男の慶人くん。

「父が酪農を続けた時代は高度経済成長期以降でしたから、この地域は急速にベッドタウン化が進みました。多くの農業生産者が農地を転用したり縮小して、アパートやマンションへと変わって行きました。地価が上がり、それにつれて税金が上がり、経営は厳しいものでした。当時は農政だけでなく民意にも『都市農業を守ろう』という意識は低かったと思われます。もしも父の時代に私が経営していたら離農していたかも知れません。牧場を残してくれた父には、心から感謝しています」と、杏さんはしみじみと語った。

「食べる」ことで酪農を知ってもらう。牛が自由に過ごす、開けた牧場を目指す

正徳さんの代で自社製造販売を始めたヨーグルトは現在も主力商品

磯沼ミルクファームの敷地は、牛舎やレストラン&カフェ、放牧地を含めて約2haにもなる。飼育頭数は乳牛100頭と羊10頭。乳牛はホルスタインのみではなく、ジャージー、ブラウンスイス、エアーシャー、モンペリアルド、ミルキングショートホーンと、6種を飼育している。

従業員数は、酪農部門に3名、加工部門に3名、販売部門に10名。生乳の7~8割は東京牛乳(東京都酪農業協同組合と多摩地区の酪農家及び協同乳業で共同開発した産地指定牛乳。製造工場は協同乳業(株)の東京工場)用に出荷。残り2~3割を自社で使用しており、ヨーグルトとソフトクリームの原料とされる。ヨーグルトは敷地内のミルクスタンド、ネットショップの他、地域の飲食店、駅ビル内の小売店などで販売している。レストラン&カフェは牧場内に協力事業者を誘致したもの。磯沼ミルクファームの乳製品や、近隣農業生産者の野菜を利用したメニューが評判となっている。

レストラン&カフェで提供している「東京ファームビレッジバーガー」。生乳100% の磯沼ミルクファームヨーグルトをソースに使用。近隣農業生産者の野菜も使われる

「店舗を建てた土地は元からうちの敷地だったわけではなく、前所有者さんのご好意で放牧地として使わせていただいていた土地を購入したものです。それはそれは莫大な借金を背負いました(苦笑)。それでも、条件のそろった土地が手に入る機会は二度と来ないことも分かっていました。磯沼牧場にとって一世一代のチャレンジを支援してくださる協力者・応援者のご支援のお陰で、一歩踏み出すことができました」

2022年、新規取得した土地に『TOKYO FARM VILLAGE(東京ファームビレッジ)』を立ち上げ、新たな事業をスタートさせた。一般的に畜産業は防疫の側面から、閉鎖的な空間になりがちだ。仕方のないことではあるが、これではせっかく消費者とほど近い距離の都市部で営農していても、酪農の魅力を伝えることが難しい。この他、搾りたての牛乳は無許可で消費者に販売することができないため、直売が難しい側面もある。

「『TOKYO FARM VILLAGE』には、カフェレストランとミルクスタンドというショップがあり、この新たな機能によって、食に対する意識が高まることが期待できます。乳搾り体験なども開催しています。ここは開かれた牧場=オープンファームという考え方に基づき運営されています。いつでも牧場の見学ができ、牧場の仕事に理解を深めつつ、リアルも感じていただけます」

一方で、五感の中で最も強く人に印象を残すことができるのは「食」だと思うと、杏さんは言葉を続ける。「見学で得られるのは『視る』『触る』『聴く』『におい』ですが、この経験をさらに後押ししてくれるのが『食』。この牧場で作られた乳製品を、この牧場で食べていただくことに価値があると思っています」

臭い対策と循環型酪農を合わせて実現。コーヒー粕を敷料に使い、肥料にする

カカオ殻をコーヒー粕と共に敷料に使用。使用後は牛糞堆肥の原料となる

磯沼ミルクファームでは、生産においても先進的な取り組みを幾つも行っている。そのうちの一つが、循環型酪農実現に向けた取り組みだ。これも正徳さんの代から行っていたもの。

「近隣の食品工場から出る野菜や粕類(ビール粕やあんこ粕など)、お豆腐屋さんの”おから”などをエコフィードとして給餌しています。野菜の中で特に多いのは、カット野菜工場から出るキャベツの外葉など。毎日3tダンプで引き取りに行きます」(杏さん)

また、コーヒー工場から出るコーヒー豆や殻を、牛床(牛の寝床)に敷く敷料として利用している。本来廃棄されるものを牛のエサや敷料として利用することで、廃棄コストやエネルギーの削減につなげている。敷料として利用したコーヒー粕・カカオ殻は牛のし尿と合わせて発酵させた上で、完熟コーヒー牛糞堆肥「牛之助」として、一般家庭向けには袋で、近隣農家にはバラ積みで販売している。

「コーヒー粕の敷料は、循環型酪農の実現だけでなく、臭気対策としての効果があるのです。牧場は住宅地に囲まれていますから、臭気対策は必須。そこで毎日1t、コーヒー粕を敷料として撒いています。コーヒー粕は多孔質なので、臭いを吸収してくれます。その上コーヒーの良い香りが、臭いを和らげてくれるのです」

こうしてできた牛糞堆肥を利用して近隣農業生産者の手により育てられた野菜が、TOKYO FARM VILLAGEのレストラン&カフェで使われている。牧場を核にした循環サイクルが、見事に完成している。

牛糞堆肥は何度も切り返しを行い発酵させて作られ、近隣農業生産者や一般家庭で利用される

アニマルウェルフェア(動物福祉)にも30年以上前から取り組む

先進的な取り組みのもう一つの例が、アニマルウェルフェアに配慮した飼育だ。祖父の洋三さんの元で就農した正徳さんは、オーストラリアで行われた研修に参加した。日本の牛舎は今も当時も主流はつなぎ飼いだが、オーストラリアは土地が広いから放牧する。多様な品種の牛が自由に暮らしている姿は、正徳さんに衝撃を与えた。

「この経験が、多品種飼育とフリーバーン牛舎へとつながりました。多品種飼育は管理しにくいですし、安定してミルクが出ないので、生産効率は下がります。それで父も多品種飼育にこだわりました。父が本格的に牧場を大きくするタイミングで、牛舎の増築が必要になりました。短期的な生産性を優先すれば、つなぎ飼いにすることもできましたが、オーストラリアの経験から、フリーバーン牛舎にしたそうです」と杏さんは語る。

牛が24時間いつでも飲むことができるという水は、地下50mからくみ上げた地下水を沖縄のサンゴ礁(フィルター)に通してから供給している。飢えからの自由を担保するため、24時間いつでも干し草を食べることができるようにもしている。

「アニマルウェルフェアに配慮した飼育管理に求められる飼養基準の過半数は確実にクリアしています。牧場にとって牛たちはパートナーです。彼らの尊厳を守り、。牛が気持ちよく暮らせた方が、ミルクの質も良くなります。このWin-Winの関係を、『牛と人の幸せな牧場』、と父は表現します」

オープンファームを時代に合わせてチューニングして行く

2025年1月1日の東京ファームビレッジには、初日の出を見るために、こんなに多くの人が集まった。

100頭の牛が自由に過ごし、地域住民等を迎え入れることができる、循環型酪農を実現した磯沼ミルクファーム。これで都市型酪農の理想形が完成したのではないかと問うと、杏さんは即座に否定した。
「時代が変われば、それと共に酪農も変わらざるを得ません。ですから完成形などありません。祖父が始めた酪農に父が魅入られ、酪農技術を深掘りして極めたことで、これまで多くの人に評価され、応援していただきました。私はそれにとって代わろうとするのではなく、父が大きくしてきたこの牧場を、今の時代に求められる形にチューニングする役割を担いたいと考えています」

では今後、どうチューニングして事業を展開していくのか。杏さんは「大きなフィールドができましたから、これを活用して行きたいです」と語気を強める。
「消費者が必要としていることや真意を丁寧にくみ取ることを、意識していきます。社会のニーズに対して牧場にある資源を生かして応える、マーケットインの視点で事業の幅を広げたいのです。

例えば、『都市に住みながらも、子供に自然や生き物に触れる経験をさせてあげたい』というニーズに対して、敷地内で未活用なっている雑木林に子供が遊べるフィールドを作ったらどうだろう、畑を生かして果樹の摘み取りやハーブ園をやってみたらどうだろう、はたまた別の切り口で、牧場提携型保育園はどうだろう……このように妄想しつつ、次の取り組みを模索しています(笑)
時代と共に需要は変化して行きますが、『今、磯沼牧場だからできること』を思案し、慢心せずに挑戦して行きたいと思っています」

(画像提供:磯沼ミルクファーム)

磯沼ミルクファーム
東京ファームビレッジ


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