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【プロフィール】
■鈴木宣弘さん
東京大学大学院農学生命科学研究科 特任教授 1958年生まれ。三重県志摩市出身。東京大学農学部卒業後、農林水産省に約15年間勤務。退職後は九州大学大学院農学研究院教授、東京大学大学院農学生命科学研究科教授などを歴任。2024年4月より現職。近著に『世界で最初に飢えるのは日本』(講談社+α新書)などがある。 |
■横山拓哉
株式会社マイナビ 地域活性CSV事業部 事業部長 北海道出身。国内外大手300社以上への採用支援、地域創生事業部門などで企画・サービスの立ち上げを経験。2023年4月より同事業部長就任。「農家をもっと豊かに」をテーマに、全国の農家の声に耳を傾け、奔走中。 |
現在の日本の食料事情
横山:まずは日本の食事情について教えてください。鈴木先生は著者で「国民の6割が餓死する」という予測を紹介していますよね。
鈴木:アメリカのラトガース大学が出した論文にあった予測です。局地的な核戦争が起こると物流が止まって世界で約3億人が餓死すると言われていて、その被害は日本に集中すると予想されています。これは日本の自給率が低すぎることが要因だとされているんです。今、物流が止まるリスクは高まっています。私は「クワトロ・ショック」と呼んでいますが、1つはコロナショック、それから円安による日本の買い負け、更に異常気象による不作の頻発、ウクライナや中東などの紛争のリスク……こういう「ショック」が重なっています。
一方で、日本の農家は肥料や燃料費、餌代などのコストが上がり赤字で苦しんでいる。更に農業人口も減っている。こうした中で本当に物流が止まってしまったら、日本人は非常に深刻な飢餓に陥るリスクが高いんです。
横山:今は食料が余って無駄になる「食品ロス」も話題ですよね。本当に日本に食料危機が訪れるのか半信半疑の人も多いのでは。
鈴木:日本で食料が余っているというのは、間違った認識です。日本の食料自給率はカロリーベースで38%(2022年度)ですから、国産から見れば足りていないんですよ。例えば最近はブラジルなどでオレンジの不作が続いて、オレンジジュースが飲めなくなったって大騒ぎになっているじゃないですか。輸入に頼れば良いと思って、オレンジの貿易自由化、関税削減をやって、消費者は輸入の安いオレンジに飛びついた。それで日本の温州みかんは壊滅したわけです。生き残ったミカン農家はごく僅かですよ。今はオレンジでこれだけのことになっていますが、それが他のものに及んだらどうなるかを考える時期に来ています。
持続可能な農業のあり方
横山:鈴木先生は本当に多くの農家を見てきたと思います。もうかる農家ともうからない農家の違いはどこにあると考えますか。
鈴木:農家によって持っている技術が異なりますし、生産規模によっても変わってきますが、一つは付加価値だと思います。農産物をそのまま売るだけでなく、お餅やあられに加工して売れば、所得は数倍になりますよね。
それから販路を持っているかどうか。農協は共販の力で買いたたかれないようにする価格形成力がありますから、それをみんなで活用する。その上で安定した値段で売れるお客さんも独自で開拓する。この両方をうまく組み合わせていくと良いと思います。
横山:鈴木先生が注目している販売モデルはありますか。
鈴木:2020年に愛知県豊田市押井町の「押井の里」でスタートした「自給家族」という取り組みです。都市部の家族が農家と契約を結び、定期的に作物を受け取ります。時には農家の手伝いや生産体験にも来てくれることもあるそう。農家からすれば所得が安定するし、消費者は安全でおいしいものを優先的に手に入れられます。まさに販路をきちんと確保している。
横山:行きつけのスーパーならぬ、お抱え農家みたいなものですね。
鈴木:生産者も消費者もみんなにとってプラスになる関係だと思います。
補助金をうまく活用し経営計画を立てる
横山:最近は補助金を使わずに、「いかに自立してやっていけるかが大事だ」という農家の声を聞きます。あくまでも補助金は一時的な支援であって、経営の安定のためにはそこを頼りにしてはいけないと。
鈴木:その気概で取り組むことは大事だと思います。ただ、今はコストがかなり上がっていますよね。その中で1番苦労しているのは大規模農家。特に外部から調達する生産資材の比率が高いみなさんは大きな影響を受けています。例えば酪農だと、約2000万円の赤字になっているところも。コストが上がっているのに、そう簡単に価格転嫁できない状況で、政府が補填(ほてん)する仕組みがなければ、大規模農家から潰れますよ。今それが酪農・畜産では起こってるわけです。稲作でもそういう傾向があります。
横山:かなり厳しいですね。
鈴木:他国ではコストが急上昇して経営が苦しい場合には、例えば販売価格の赤字の9割は補填するという仕組みを整えています。農家に対して「それを踏まえて経営計画を立ててください」と。異常事態のときもシステマティックに農家を支える仕組みが準備されているんです。日本はそういう仕組みが不十分。「価格転嫁すればいい」という声もありますが、それができたとしても次に困るのは消費者です。生産者にとって必要な額と消費者が払える額にギャップが生じる。そこを埋めるのが政府の支援です。みんなが安心して食料を供給・消費できる仕組みが必要だと思います。
新規就農者と農業法人、みんなが支え合う仕組みを
横山:意欲があって新規就農をしたいけれど農地を借りられない。一方でしっかりと基盤も出来上がっている農業法人が、事業承継者がいなくて辞めるしかない。農業界の一部ではそんなギャップが現れていますが、鈴木先生はどう見ていますか。
鈴木:新規就農者にとって大事なのは、土地の他に技術と販路ですよね。後継者がいない農業法人は、そういう意欲ある若い新規就農者をうまく取り込んで、農地の提供、技術の提供、それから販路についてもしっかりと面倒を見てあげる。それがやりやすくなるための仕組みが必要だと思います。今は新規就農者に対する補助金として、就農準備資金や経営開始資金がありますが、後者でも最長3年。その後が思うようにいかなくて、結局離農する人もいます。フランスをはじめEUの国々ではかなり長い期間を掛けて新規就農育成プログラムを整えています。日本も長期的な工夫が必要です。
横山:先生が注目している日本の事例はありますか。
鈴木:茨城県のJAやさとでは、新規就農者に土地を提供して技術を覚えてもらい、販路としていくつかの生協に参加してもらう取り組みを行っています。まさに土地と技術と販路をセットで、若い人たちを養成するプログラムを作っているんです。域外からの新規就農者も多いそうですよ。このように組織が、特にJAが動いてくれれば、大きな力になるはずです。みんながうまく支え合う仕組みにするため、まだまだ工夫の余地があると思います。
未来の日本の食と農を支えるために
横山:日本の食を守るために消費者ができることは何だと思いますか。
鈴木:今の状態を放置したら、自分たちが食べるものが十分に手に入らなくなるかもしれない……そういうリアルな危機感を持てば、農業問題は消費者問題なんだと理解できるはず。「身近な国産のものをもっと買おう」という意識も高められると思います。直売所や産直の仕組みも広がっています。今こそ地元に目を向けて消費者が買い支える。それが自分の命、子どもの命を守ることにつながるんです。最近は耕作放棄地を借り受けて、農家から教わりながら作る人も増えています。今後は「生産と消費の一体化」、農業法人が消費者を取り込んでいくスタイルも生まれてくると思いますね。
横山:では最後に、現役農家や農家を目指す人へメッセージをお願いします。
鈴木:「農は国の本(もと)なり」という言葉があります。農業・農村が食料を生産してくれて、地域を守ってくれる。これによって日本の社会は出来上がっています。農業は本当に大事な仕事をしているんです。世界的に見ても日本の農業は競争にさらされていますが、頑張ってやってきている。農家のみなさんは本当にすごいですよ。だからこの農業の素晴らしさをみんなが認識してほしいです。
実は私もJAの正組合員で、小規模ですが農家の1人。農家のみなさんと、国民の命を守るぞという大きな気概を持って、それを誇りと自信にして、これからも頑張っていこうという思いを共有したいです。気合いを入れて一緒に頑張りましょう。
(編集協力:三坂輝プロダクション)