農業への就職を決めた園主の言葉
吉川さんの農業への原体験は、祖父母の家庭菜園でした。「農業をするなら果樹」と考え、弘前大学農学部に進学。周囲のリンゴ農家とSNSでつながり、アルバイトなどを通して積極的に農業の現場と関わってきました。
しかし、大学を出てすぐに果樹で新規就農することは想像以上のハードルの高さ。とは言え、就活に切り替えるのも疑問が残りました。そこで、学生時代から関わっていた産直や飲食・惣菜などを手掛けるローカルベンチャーに就職。組織のナンバーツーとして、当時200軒の農家と連携する企業の成長を支えましたが、次第に自身が農業の現場から離れていくことに引っ掛かる思いを抱いていたと振り返ります。
そんな折、行きつけの居酒屋での縁がきっかけで、REDA PPLE赤石農園の赤石淳市(あかいし・じゅんいち)さんと意気投合したことが転機になりました。「親の代の借金3000万円を返済し、売上1億円超を達成した。さて、次はどうしようか」と赤石さん。何気ないこの言葉に、吉川さんは大きく心を揺さぶられたと言います。「何か一緒にやりたい」。同農園への入社を決めたのは2020年のことでした。

赤石さん
非農家出身の新入社員が社風を変える
吉川さんの入社当時、農園は成長過程にあり、十数名ほどの従業員が働いていました。その多くはベテランで、農業経験豊富な人材ぞろいだったと言います。
一方の吉川さんは非農家出身ということもあり、リンゴの栽培技術に関してはほとんどありません。そのため、当初は具体的な業務指示は無く、一台のパソコンを与えられたのみでした。戸惑いながらも、前職でPL(損益計算書)や売上管理表を扱った経験を頼りにパソコンの中に散らばっていたデータやファイルの整理に着手しました。
財務などのバックオフィス業務をこなす中、気づいたのは社風の課題でした。現場では「見て学べ」という無言のルールがあり、何の業務指示もなく農作業が始まっていく。会社全体にある「仕事をやらされている」雰囲気も気になっていたと、吉川さんは話します。
「規模拡大を目指すなら、このままではいけない」と考え、解消に向けて現場に働きかけ始めました。それでも、入社したばかりで当時最年少だった吉川さんの行動は、周囲との軋轢(あつれき)を生むこともしばしばあったと言います。
吉川さんは当時を振り返り、「ほぼけんかですよ」と笑みをこぼします。それでも、当時の生産部門のマネージャーとは何度も衝突しながら、農園の未来像を共有するうち、少しずつ理解を得られるようになってきました。社風を変えるまで約2年掛かり。これが最初の大仕事でした。こうして「見て学べ」のスタイルから一転、マニュアルを作成し、指導体制の整備へと駒を進めたのです。
成長モデル第2段、教育を強みに若手を採用
規模拡大を見据える中、最も重要なのが若く優秀な人材の獲得。それは、指導体制の整備だけでは、もう一つの変えたかった社風でもある、仕事に対する「やらされてる感」を払拭できないと感じたからです。やる気のある若者に来てもらうため、吉川さんは採用活動に特に力を入れ、コーポレートページの制作や農業求人サイトを活用して全国からの応募を増やす工夫をしました。
「今後、生産規模を拡大していくには、従業員一人ひとりが園主のような感覚で取り組んでもらいたいし、そんな主体性ある仕事を望んでいる人も居ます。自社の教育体制を全面に押し出すことで、農業やリンゴを学びたいという若い人が集まるようになりました」と吉川さん。そして園主のような存在をつくるには、これまでの教育方法を刷新する必要があったと振り返ります。
「天候の影響を受けやすい果樹栽培は管理が流動的で難易度が高い。リンゴ栽培では高密植わい化栽培という新しい技術も生まれており、マニュアルだけでは園主のような人材にはたどり着けません。そのため、まずは園主の赤石が持つリンゴの世界観を共有することが重要だと思いました」と吉川さん。
吉川さんの言うリンゴの世界観とは、リンゴという植物に対する理解です。「リンゴがこういう状態になったらこれをする」というマニュアルとは別に、「リンゴはこういう植物だから、これをこうする」という資料を作成し、管理における「そもそも論」の重要性を説きました。
これを座学での情報共有に加え、日報として収穫や着色管理などのジャンルごとのデジタルノートに各自が気づいたことを任意で書き込んでもらい、それを吉川さんが吸い上げて分解して座学に落とし込む。こうして知恵の循環が作られています。
「経営学のSECIモデル(※1)やOODAループ(※2)を現場に落とし込んだ感じです」と吉川さん。粘り強く社風を変えたからこそ、こうした自発的な取り組みが機能しています。
※1)SECI(セキ)モデル 個人が持つ知識や経験を集約し、組織全体にノウハウやスキルを共有して、新たな知識を生み出していくフレームワーク
※2)OODA(ウーダ)ループ 迅速な意思決定と実行のためのフレームワーク
右腕という働き方で、リンゴ産業の未来を創る
吉川さんが入社した2020年から24年までに、RED APPLEの経営面積は14haから21haへ、売上は1.3億円から3億円へと成長しました。売上が単に面積に比例するのではなく相関関数的に伸びているのは、経営やビジネスの手腕によると言っても過言ではないでしょう。
特に販売面では、入社した2020年当時はアナログな通販手法がメインだった中、外部人材を導入するなどしてWEBショップを強化。当時年間1000万円ほどだった自社ECの売上が、今では年間1億円ほどに成長しました。
付加価値を創出した商品企画にも手腕を発揮。24年度には新商品として収穫最終日のふじをそろえた「THE LAST DAY」、指定園地で栽培したリンゴのみを選りすぐった「高杉山」を発売しました。
売り上げが右肩上がりな状況下にあっても改革の手を緩めない背景には、リンゴ産業全体への強い危機感があります。
「日本のリンゴのクオリティは確かに高いですが、海外のリンゴもアップデートの早さに驚く場面が多々あります。日本のリンゴ栽培も進化を速めていかなければ」と吉川さん。代表の赤石さんも同じ思いです。「新しい栽培方法、教育方法、品種開発でも、RED APPLEが先行のポジションを取っていきたい」と、先手を打って国内外で競争力を高める道を模索しています。
今、農業でも吉川さんのような経営者の右腕が注目されるようになりました。「農業は長年取り残されてきた産業で、その中でも果樹栽培は最末端だと思っています。いくらでも改善の余地があり、それだけ課題に囲まれた業界での経営者の右腕という立場は、活躍意欲のある人にとって、おいしいポジションではないでしょうか。地方ではそんな若い人材が必要とされているのに、地方には良い仕事が無いと考えるのはもったいないとさえ思います」。吉川さんはこう、農業に関心ある若者へのメッセージを寄せ、取材を締めくくってくれました。
取材協力
■「農業の魅力発信コンソーシアム」
農業の魅力発信コンソーシアムは、農林水産省の補助事業を活用し、農業現場で活躍する「ロールモデル農業者」との接点を通じてこれまで農業に関わりの無かった人が「職業としての農業の魅力」を知る機会を創るために、イベントの開催やメディア・SNSを通じた情報発信を行っています。
公式HP:https://yuime.jp/nmhconsortium/