「おばあちゃんがバジル好きやから植えといて」。母親の一言で始まったバジル栽培
会社勤めをしていた大村さんは30代になった頃、会社を辞めてフリーのウェブエンジニアになった。在宅ワーカーとなり通勤時間も無く、自由に使える時間が出来た。家の中にばかり居ると体がなまってしまうと、気分転換に空いた時間を使って自宅近くの親戚の畑でトマトやキュウリ、ナスなどの栽培を始めた。
「プチ自給自足できたら良いなあて思って、野菜を植え始めたんです」と大村さんは当時を振り返る。まさか、その軽い気持ちで始めたことが人生の転機になるとは思っていなかった。
バジル栽培を始めたきっかけは母からのリクエストだった。ある日、畑仕事をしながら母親に「何か植えようか」と声を掛けたところ「おばあちゃんがバジル好きやから植えといて」とリクエストがあった。そこでバジルを栽培してみると、夏には想像以上にバジルが生い茂り、葉も大きく成長した。もともと水田だった畑は潅水が良いので、バジル栽培に向いていたそうだ。2008年の夏のことである。
「おばあちゃんに、バジルが出来たから食べるかって聞いたら『バジル?バジルは嫌いや』と言うんです」。どうやら大村さんのお母さんの勘違いだったようだ。そこで大村さんは、大量に収穫できたバジルソースにしてみようと、ネットでレシピを検索してバジルソースを作ってみることにした。
出来上がったバジルソースをパスタに混ぜたらかなりおいしかったので、友達にもおすそ分けしたところ「おいしいからまた作って」とリクエストがきた。このことがきっかけで大村さんの中で自分で栽培したバジルでソースを作れば市場があるかもしれないという思いが湧き、加工品としてのバジルソース作りへの挑戦が始まった。
「当時、バジルソースは輸入商品がほとんどで、塩分の多いものが多かったんです。それなら自分たちで栽培から加工まですれば、今までにないバジルソースを作れる。きっと市場はあるはずだ」。そんな気持ちが強まった。漠然とではあったが、以前から農産加工品を作ってみたいと考えていた大村さんは、すぐにバジルソース作りに取り掛かった。バジルを加工用に栽培するのであれば、小規模の農地でも十分な量が確保できる。こうして大村さんは、翌年の春にもバジルを植えた。

露地栽培のバジル畑
加工するためだけにバジル栽培しているからこそ、おいしいところだけ使用できる
「販売するとなると、味を決めるのにかなり試行錯誤しました。7パターンくらいのバジルソースを試作して、みんなに食べてもらってどれが一番口に合うか聞いたんですが、意見も割れるし、納得のいくレシピになるまではけっこうかかりました。仕事をしながらバジルソースの研究を2年くらいして、やっと本業として出来るようになりました」
ソースに使用しているのはイタリア産のオリーブオイル、それにカシューナッツ、天日塩、コショーのみである。バジル本来の香りが楽しめるソースは、パスタはもちろんだがパンやチキンローストにもよく合う。

完成したバジルソースは大阪産品に選ばれている
バジル栽培は露地とハウスを合わせて約0.5アール。収穫したバジルはすぐに自宅内の工房へ運ばれる。移動時間は1分だ。露地もハウスも土耕栽培で化学肥料は使用していない。
「100%バジルソースのために栽培しているんで、バジルの葉の良いところを全て使っています」
露地栽培の収穫時期は、6月、7月、9月末くらいまで。ハウスは、5月、6月、10月から11月の初めくらいまでだ。真夏と真冬以外は、ほぼバジル栽培が出来る。
夕方に収穫してから瓶詰、煮沸までほぼ24時間以内で完了

自宅内にある加工場でバジルの葉切り作業をしているところ
加工業務が行われる自宅は、バジルの良い香りに包まれる。作業に当たるのは、大村さんご夫婦とパートの女性1名である。収穫から加工まですべて手作業で、機械といえばミキサーくらいである。収穫後に洗浄し、翌朝まで室内で干して乾かす。翌朝にバジルの選別、葉切りをした後、バジルソースに加工していく。収穫してから瓶詰、煮沸までに掛かる時間は約24時間。鮮度はどこにも負けないはずだ。畑から工房までは僅か1分であるからこそこのスピードで完成させることができる。
「いいバジルソースにするために、バジルのおいしいところのみを使用するのがうちのコンセプトです。生のバジル販売はしません」。生のバジルが欲しいという要望もあったそうだが、バジルに関しては徹底して生のバジルは販売していない。
マルシェからネット販売中心に!そして無人取れたて野菜販売を強化

自宅前の無人販売所
バジルソースの販売数は年間約1万個。コロナ禍になるまではネット販売に加え、週末はマルシェなどのイベントで販売をしていた。マルシェの購入者の半分近くはおいしかったからとリピーターになってくれた。マルシェに出ることで今まで皆無だった農家の知り合いも増えた。バジルソースの他に、パクチーソース、ガーリックオイル、ピクルス(期間限定)も販売しており、加工に使用している野菜は全て自家栽培である。
コロナ禍によるマルシェの中止に伴い、一時は売上げが落ちてしまった。その一方で、道の駅での売上は伸びたそうだ。ただ、マルシェが中止になり、土日に余裕ができたことで大村さんは方向転換を図る。時間が空いた分を畑作業に当てることにしたのだ。
「この辺りは住宅が多いですし、家の前が保育園なんで、送り迎えに来るお母さんやおばあちゃんが居るので、新鮮な野菜を自宅前で販売すれば買ってもらえるはずだと思って、野菜を並べられるように棚を作って家の前で販売を始めました」
コロナ禍から始めた野菜の無人販売は好評で午前中にほぼ売り切れるそうだ。取材に伺ったのは午後1時頃だったが、棚はすっかり空っぽになっていた。バジルの加工する時間も週4日から週2日にし、良いバジルが育つ時期に集中的に加工をし、野菜の栽培に時間を割いている。マルシェが再開された今もほとんどマルシェでの出店はしていないそうだ。
大村さんは、お客さんのニーズに合わせて野菜栽培をするのが面白いのだという。野菜栽培の話をしているときの大村さんは実に楽しそうである。今までに大村さんが育てたことのある野菜の種類は驚くほど多い。

1月末頃の畑。約2アールの畑で少量多品目の野菜を栽培
<大村さんが育てたことのある野菜>
バジル、ニンニク、パクチー、ナス、キュウリ、トマト、カボチャ、ニガウリ、オクラ、ピーマン、エンドウマメ、ニンジン、トウモロコシ、エダマメ、ハクサイ、キャベツ、ブロッコリー、カリフラワー、タマネギ、ジャガイモ、サツマイモ、サトイモ、インゲンマメ、ソラマメ、キヌサヤ、スナック、レタス、チンゲンサイ、レタス、シュンギク、コマツナ、ミズナ、ダイコン、モロヘイヤ、クウシンサイ、ホウレンソウ、ディル、イチゴ、アスパラガスなど
「バジルソースの売り上げが落ちても自宅前の野菜販売は、けっこう穴埋めになりました。若いお母さんはミニトマトやトウモロコシとかあまり調理の要らないものを買いますね。年配の方は調理にひと手間が要る大根や葉物野菜が多いです。野菜を買ってくれたついでにバジルソースの存在を知って買ってもらえることも多いので、うれしいですよ」
前回食べておいしかったのでとまとめ買いするファンも多い。柏原(かしわら)市と藤井寺市の小中学校の給食でも年に一度、バジルソースを使用した給食の日がある。未来のファンになってくれそうだ。初めてバジルソースを食べた子どもが感動して母親にせがんで購入しに来てくれることもある。香りの良い鮮度抜群のバジルソースは、一度食べたらリピートしたくなるバジルソースなのである。